付喪神
ごきげんよう。ねぶとりです。3月弥生 (やよい)になりました。未だ完全にコールドスリープから目覚めていないねぶとりは、やるべきお仕事が進まず、遅れること暫しで人間界の皆様お許しくだされませ。
此処会津は山々に残雪があり、天気の良き日も風は冷とうござりまするうえ、時には雪女ゆきちゃんの気まぐれ雪が降る日も。4月の上旬までは、ゆきちゃんの気まぐれ雪が降るので、「春は名のみの風の寒さや~♪」がまさしくそのもの。会津の人々は、いえ雪の多い地方の人々の根気良さと言いますか、我慢強さにも繋がっているのはこの様な長〜い冬を耐えることから来ているのでありましょうか?
それでも、いつもは3月中旬に北帰行を始める白鳥達が、今年は2月中には鳴き声が聞けなくなりました。もう旅立って行ってしまったのかしらん?毎夕、群れで鳴き交わしねぐらに戻る白鳥達の声が聞こえなくなるのは寂しいのでありんすが、遠くシベリアへ飛んで行く白鳥達の無事を祈って、また晩秋に元気に飛んでいらっしゃれと (^^)/~~~
弥生3月と言えば、お雛祭り。ねぶとりの幼少期も毎年、両親妖怪が段飾りを飾ってくれはってました。まあ、おきゃんぴいのねぶとりですから、御姫様人形の冠をいたずらしたり、お内裏様と居場所を交換したり、3人官女の持ち物を別々にしてみたり、5人囃子の鳴り物道具を交換してみたり、右大臣、左大臣のお爺さんは気にいらんと後ろ向けたり、いろいろやりおりました(^^♪
普通、お雛様は婚期が遅そこうなるということで早目に片付け終う様ですが、両親、特に父妖怪「油すまし」は何故か3月3日を過ぎてもなかなか終わず、いつまでも眺めていらはりました。口では、嫁入りができんと困るがな、こんなおてんば娘やから・・・と言いつつもねぶとりが会津の御寺に住処を変えてからは、飾られることは少なく、母妖怪が出してあげんでは可愛そうだからと、お内裏様とお姫様だけは飾ったりしはっていたようで すが・・・。今でもねぶとりの実家の押し入れに、あの子達は飾られる日を待っているかのように、ちんまりと終われているのでしょう。飾ってもらって、ねぶとりにいたずらされるのを、いつかいつかと心待ちにして。
お雛様を出して飾ったり、何かしらお祝い事や婚礼等の日は、よく大安 (たいあん) の日を選ぶなんてこと皆様もお聞きになった経験あるかと思いますが、さて大安以外にも縁起 がよかったり、お祝い事には避けた方が良い日もあり、そういった日を含めて六曜(ろくよう)と呼ぶようで、日曜日から土曜日までが七曜 (しちよう) に対して、六曜は、縁起の良い日は大安や友引 (ともびき)、先勝 (せんしょう)は午前中が吉、先負(せんふ、せんぶとも)は午後が吉、赤ロ(しゃっく)はお昼頃が吉、仏滅(ぶつめつ)はお祝い事には向かない等の意味があるよう。ですから御葬儀等は友引を避ける事が多く、大安は神社、仏閣への祈願には最適と言われておりまする(*^^)v 因みに、御法要は特に日を選ぶ必要性は無いといわれておりまするが宗派によるかもしれませぬので、菩提寺や御法要をされる御寺院様にご確認なされませ。
処で、最近古い農機具や古い楽器類、ずっと使われていなかった雑物が入っていた納屋というか小屋を壊して車用のガレージを建てようと、使わない諸々を業者さんに処分して 頂いたのですが、なんと我が住処の寺院がある地域は市街化なんじゃらで新しい建物は簡単には建てられないと(T_T)
どうする、ねぶとり最大の危機?まあ、どうすることもできないことなんですけどね・・・ていうか処分した物達が、夜な夜な付喪神 (つくもがみ)となって、処分場で歩き回ったり、踊ったりしているのではと、ちと心配。付喪神とは、人間界の皆様が使った道具や物を捨て置いたり、忘れられたりした物達に霊がやどり妖怪に変化し、また、付喪神として踊り歩く様を百鬼夜行 (ひゃっきやぎょう) と言うのでありまする。

百鬼夜行は、平安時代や室町時代の絵巻物に描かれてもおり付喪神達の姿、例えば、箏、琵琶等の楽器類、仏具、桶やたらい、箒鍋釜等の生活用品が鬼達と一緒に行進している姿は楽しそうでもあり、人間界から忘れられた悲しみも含まれている様に思いまする。現代のSDGsの大切さをもう一度見直す原点の様にも。もしや、ねぶとりのお雛様達も付喪神となって毎夜踊り遊んでいるのかも(*_*; 妖怪の実家だからありうる~(^^)
ではまた次回。